2013年8月7日水曜日

土壇場で、、、

「心に砂鉄が降り積もる」  そんな感じ。


先日、智美術館から写真撮りも終わり、作品も決まったような連絡を
いただいていたのですが、、、。

今日、林屋先生から直接お電話をいただき、土壇場で外されることに
なりました。


9月14日から開催の、正式名称「現代の名碗」展。
まだまだ僕には力不足、出品依頼をいただけただけでも御の字ということ、
です。
林屋先生もおっしゃっていましたが、この展覧会、先生の主観による選定、
僕の今までの茶碗から、抜け出せてない、というのが理由です。

ある意味、林屋先生だからこそ、最後の最後に選外を通達できるのでしょう。
美術館としてはなかなか出来るものではないことです。

「アカンものはアカン」、のでしょう。

僕自身も先生からお電話をいただいたときは、不思議と素直に受け入れられた
ました、
十年前から、茶の湯の公募展などには、こだわって「茶碗」を出品しています。
そして、おそらく「茶碗」は必ず林屋先生が見てるはずです。
この十年で4碗はある程度の評価をいただいたように思います。
だからこそ依頼いただけたのでしょうが、、、
しかし、今回の茶碗はそれを上回ることができなかった、ということです。
くやしいですけど、そういうことだと思います。

「現代の名碗」展、タイトルといい、智美術館といい、すばらしいステージです。
出品作家の名を見れば、ほんとに蒼々たる名です。

でも

あと、一歩届かなかった、その思いを忘れること無く、次に向かいたい、
そんな思いです。



日本のやきものに関わっている以上、「茶碗」は避けることができないです、
「灰赫陶」「風郭」という造形的な作品を作る反面、茶の湯の「茶碗」という
ものを逃げること無く貫きたいと思っています。

前記事でこの10年の軌道とこれからの岐路になる展覧会になる、と
書きましたが、
そのとおり。
出品は叶いませんでしたが、
違う意味で、確実にこれからの岐路となる展覧会になったように思います。


書き出しの「砂鉄が降り積もる、感じ」。

できれば前記事を削除して、無かったことにしてしまおうかとも思ったのですが、
何でも削除やリセットしていまえる現代社会、消してしまいたいような汚点も
標として残しておくのも一つかと思い、書き連ねてみました。







今日、昼間、もやもやした気持ちだったので、ある人に電話で愚痴ってみました。
すると数分後、メールで。


「この電話で負のオーラは終わりにして前に走るぞ、
気持ちをクリアにして仕事に集中だ、
引きずって仕事をしてたら次のチャンスも連鎖になるぞ、
頑張ろうぜ。」


呑んだくれたくなる夜、あらためてメールを見ると
グッとくる。



ありがとうございます、
がんばります。