夏真っ盛り。
酷暑と言わないまでも、例年このぐらいの時期の暑さはさすがに堪えます。
今でもそうだけれど、夏休みといえば、ラジオ体操、プール、虫捕り、キャンプに
自由研究。
自分が夏休みの主役のころは遠い昔、今は脇役として、サポートする役に、、、。
京都の町中にいたころと違い、子どもらもこちら篠山に引っ越してからは、
自然が密着してるから、ぼくらが子供のころ感じたそのままを体験できているように
思う。
ま、子供のころのの夏休みというのは、自然を身体中で感じるためにあるようなもの、
あのころ体験したものは、いまでも鮮明に憶えているし、染み込んでいる。
しかし、あのころ平気で掴めた、夏休みを代表する虫の、カブトやクワガタ、バッタや蝉。
なぜ今は苦手になってしまったのか。
子供のころは虫カゴいっぱいに捕まえたものだし、蝉に至っては、
羽根をもっとカッチョよくしてやろうと、ハサミでシャープな羽根に仕上げたりした。
もちろんそのシャープなカッチョいい羽根、蝉にとってはありがた迷惑で、
飛ぶことさえできなくなり、
短い地上生活をより短いものとされてしまうのでした。
今、そんな行為をできるかといえば、ぜったい無理、網で捕まえることはできても、
こう、直に手で掴んで。なんてことはとても無理。
何故なんだろうかと、考えてみる。
大人になると、いろいろ知識も付き 、生や死についてもおぼろげながら、考えたりする。
蝉が地上で一週間ほどしか生息できず、
その間に種族を遺すということを知り、その限られた時間の生命が、
あの小さな蝉という形に凝縮されているようで、その「生命」というものが
直に指先に伝わってくるから、あの微妙にもがくような動きが怖く感じられてしまうの
だろうか。
夏の暑さの象徴のようなアブラ蝉、色も損をしてるけど、あの着地点予測不可能な
飛び方が非常に印象悪い。
今日昼から、仕事の合間に暑さにフラフラになりながらも、
草刈機でそこらへんを刈っていた、いろいろな虫が周りにはいたけど、
あのアブラ蝉がジィ~ッジィ~ッって言いながら、予測不可能な飛行で、
僕の股間に止まったときは、さすがに跳び上がりました~~。
熱い夏休みはまだまだ続くのでした。
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